【書評】透明ポーラーベア 伊坂幸太郎
繋がってるね、とは、mixiの昔のCMの印象的なセリフで、
数年後にLINEが同じ趣向のCMを打ったけれどもオレンジのそれほどには印象に残らなかった。
あくまで個人的な印象に過ぎないが。
1対1のメッセージで繋がることより、1対Nで繋がることの難しさを人々は認識している。
それぞれに都合があり、タイミングがあり、気分がある。
そんな勝手で複雑な関係が何かに導かれるように一同に介した時、その稀有さに「繋がっている」と強く意識するのかもしれない。
感想
本書も、見えない何かに導かれるように主人公の優樹と姉に関係する面々が同じに日に、同じ場所に集う。
主人公は繋がっていたことを実感し、そして繋がっていることに安堵する。
僕はそのつながりを「今」という表面的なものではなく、
過去にも未来にも物差しを向けられる、奥行きのあるもののように感じた。
伊坂幸太郎作品の素晴らしさにユーモラスな会話とキャラクターの魅力があるが、
作中に一度も現れない(主人公の)姉にこれでもかというくらい、引き込まれた。
本書は「I LOVE YOU」という男性作家による恋愛オムニバス単行本に収録された短編なのだが、
短編にも関わらず至る所にしっかりと伏線が張られている。
今回の作品では登場人物の表情や目線の動きの描写で
何かを伝えようとしていた点が、これまでの作品と比べて新鮮だった。
主人公の姉の元カレの富樫さんがまっすぐに猛獣園の看板を見ていたり、
初めて芽衣子さん(富樫さんの彼女)と富樫さんが目を合わせたり。
それらの行動のひとつひとつに、二人の動物園訪問の意味が隠されていたことに後々気付くことになる。
「私たち、シロクマに会いに来たの。」
主人公と千穂(主人公の彼女)と遭遇した際の、芽衣子さんのセリフの意味は最初はわからなかったけど、読み終えたあとに理解できた。
2人はお姉さんに挨拶しにきたのだ。だからこそ、結婚に迷っている。
まとめ
富樫さんと芽衣子さんの外見描写はきちんとなされているのに、
優樹(主人公)と千穂(主人公の彼女)の描写がないのは、
繋がってるというキーワードから、読者に主人公たちの内面にフォーカスさせるために、
あえて外見のイメージをつけなかったのでは、と勘ぐってしまう。
千穂の人間性は会話の節々から十分に伝わってきて、外見を描く必要がないくらい魅力的だ。
作中ではいくつかのキーワードが登場する。
これらのキーワードが絡み合って、繋がってるという結論にたどり着く。
その淡々とした過程が美しかった。
刺さった一文
終盤の一節に酷く心を掴まれた文章がある。
その演奏が映画のクライマックスさながらに響いて、周囲を全部包み込んだ。そのせいか、花束を渡した冨樫さんと、花束をもらった芽衣子さんが無言で身体を寄せ合う光景が、とても美しい場面に見え、僕は思わず息を飲む。
軽やかな文体で織りなす作品の終盤に、それまでの伏線をミルフィーユのように重ねて、
畳み掛けるように五感全てを使って想起させる花火のシーンは、
その情景を切り取って額縁に飾りたいくらいに絵画的要素の濃い場面だった。
軽い気持ちで手に取った短編にここまで心を動かされるとは思っておらず、
ついつい続けて読み返してしまった。
あらすじ
シロクマは姉が好きだった動物だ。3年前、カナダで行方不明になった姉が。僕は偶然、動物園で姉の最後の恋人に出会った。「姉の彼氏」群の中では一番好感を抱いていた人だ。僕たちはなんとなく流れでダブルデ-トすることになるが…。話題の恋愛アンソロジー『I LOVE YOU』収録の珠玉短編、伊坂幸太郎が紡ぎ出す人と人との繋がりの奇跡。