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読書感想文/マーケティング/エッセイなど。基本的にフィクションです。

【書評】ティファニーで朝食を(トルーマン・カポーティ)

あらすじ

第二次戦下のニューヨークで、居並ぶセレブの求愛をさらりとかわし、社交界を自在に泳ぐ新人女優ホリー・ゴライトリー。気まぐれで可憐、そして天真爛漫な階下の住人に近づきたい、駆け出し小説家の僕の部屋の呼び鈴を、夜明けに鳴らしたのは他ならぬホリーだった・・・。

 

 

感想

冒頭に主人公とバーのマスター(ジョー・ベル)の会話が繰り広げられる。
主人公はジョー・ベルから、ホリー・ゴライトリーがアフリカにいた(かもしれない)という情報を聞く。
この短いエピソードから、発見者であるカメラマンのユニオシ氏やジョー・ベルがいかにホリーを愛していたかわかる。それは男女の愛に限らず、我が娘を愛すような、広い愛に感じられた。
(ユニオシ氏は作中ではホリーのことを煙たがっているように描かれていたが、
翻って「結局みんな」ホリーのことが好きなのだと思うと、余計に彼女の魅力が際立つ)

 

こんなにも魅力的な女性ヒロインは滅多にいないのではないだろうか。
なぜ、自由気ままな女性というのはこうも男性を魅了するのだろう。

 

主人公の気持ち

ホリーと主人公の関係は結局「友達」だったのだろうか。

ホリーはその気ままな奔放さ故、何を考えているかわからない節があるが、
その実、行動は猪突的とも取れるもので、裏を返せば至極素直な性格なのかもしれない。
裏表や深い考えがなく、ホリーの取る「行動」こそが彼女の本心だとわかる。
本当に分からないのは主人公である「僕」の方だ。

 

主人公はホリーのことを本当に愛していたのか。
ホリーがプレイボーイの富豪「ラスティー・トローラー」と結婚したと早とちりした時にはそのまま地下鉄に轢かれてしまいたいような気分になっていたほど彼女の事を想っていた。
それが、ホセと結婚する、と言い出すホリーを前にしたときには、主人公の心境は淡々としたものだった。
特に胸を刺すような描写も記述も無く、物語は進んで行っていた。

 

だが、二人で乗馬をしているときに彼の本心が見えてくる。

彼女が急に愛おしくなって、自分を憐れむ気持ちなんてどこかに消えてしまった。
そして彼女にとって幸せと想えることがこれから起ころうとしているのだと思うと、満ち足りた気持ちになった。

主人公は彼女を本当に愛しているからこそ、その幸せを切に願う。本当に願う。
幸せになれるなら、ホセと海外にでもどこにでもいって、幸せになってほしいと。

 

まとめ
無駄の無い洗練された文体に、無秩序に揺れ動く少女の感情が乗っかっているのが対照的だった。
どうやったらこのような文章が書けるのだろうか。
カロリーを消費することなく、しかし確実に描かれる主人公のホリーへの気持ちは、
特に最後のページに染み込んでいるようだった。

 

ブラウンストーンの建物を僕は出ていくつもりだった。そこにはあまりに多くの思い出がしみ込んでいたから。

 

 

青春小説の金字塔!【書評】横道世之介 (吉田修一)

概要(あらすじ)

大学進学のため長崎から上京した横路世之介18歳。愛すべき押しの弱さと隠された芯の強さで、様々な出会いと笑いを引き寄せる。友の結婚に出産、学園祭のサンバ行進、お嬢様との恋愛、カメラとの出会い・・・。誰の人生にも温かな光を灯す、青春小説の金字塔。

 

感想

構成の妙、人物造形の熟練、小気味好い会話。青春小説に欠かせない要素を高い次元で満たしている金字塔たる小説。

 

著者の他の作品を読んだことは無いが、世之介を視点にカメラを置いたシナリオライティングに近い進行方法は、恐らく普段とは違った文体なのだろうなと邪推した。映像を意識しているような情景の切り取り方に若干のわざとらしさを感じる一方で、視点を他の登場人物に置いた時の文章の語り口は滑らかで自然だった。

 

様々なシーンで、いよいよ盛り上りを見せるといった場面でストンと流れが切れて急に未来の話になり、その後、過去を振り返るように出来事を説明する手法が多用されていた。手法自体は嫌いではないのだが、毎回そのパターンが繰り返されてしまうと、少し興ざめというか、物語に「熱中する」に至らなかった。

ただし、構成はさすがというか、「ここで挿んでくるか」と意外な箇所で登場人物たちのその後の生活が描かれていて、ふとした隙間を突くように世之介の存在が顔を出す。一貫してぶれないのが、世之介と関わった人たちは全員、その当時のことを幸せに思っていること。最後は母親の家族愛を存分に感じられて、世之介の太陽のような魅力こそが作品を通して著者が伝えたかったことなのかな〜と思った。

  

まとめ

言ってしまうと、さして大きな出来事が起こる訳ではないし、息をのむような展開があるわけでもない。ぽかぽかと穏やかに世之介とその周りの人生がゆったりと流れて行く、そんな物語だ。そしてその平穏な流れこそが、世之介の魅力を存分に引き出している。

読んだ後にほっこりする、学生時代の長期休暇中に読みたくなる本!

 

 

 

 

【書評】サラの柔らかな香車 (橋本長道)

感想
 
第24回小説すばる新人賞受賞作。
第23回受賞作の『国道沿いのファミレス』読了後にも思ったが、
朝井リョウの『桐島、部活やめるってよ』と同じ賞を受賞したレベルにある作品とは思えない。
 
天才、才能とは何か。壮大なテーマを求める姿勢は面白かったのだが、
著者なりの答えが腹落ちするまで描かれているようには思えなかったし、
その正体も、結局は才能を持たない者の視点からしか描かれていないように見えてしまった。
 
将棋というモチーフにふさわしい言葉遣いに襟を正そうとしていたが、
いかんせん文章力が著者自身の求める”格式の高さ”に追いついていなかったように見受けられた。
単語の選び方ひとつをとっても、正座に慣れていないようなぎこちなさが目に映える。
構成の試みや将棋界の描写等は面白かっただけに、勿体ないところでどうにも気になってしまった。
 
著者自身が奨励会に身を置いていた経験から、
将棋の説明や業界にいた人間にしか分からないような
独特の空気感のようなものを拾い上げて読者に伝えてくれた点は、非常に参考になった。
もちろん僕は将棋界に根ざしたことはないのだが、
恐らく関係者の方々は随所で「あるある」と感じていたのではないだろうか。
 
 
まとめ
個人的に面白かったのは、著者が将棋で培ったであろう論理的な思考が随所で散見されたところだ。
○○は○○をした→なぜ?→○○だから。→なぜそう思ったか?→○○のような体験があったから→なぜ…
といった具合に、登場人物の行動に裏に隠されている動機や理由を、
質問を先回りして答えるかのようにきちんと筋立てて書かれてあるところに、
著者の律儀な人間性のようなものが垣間見えて面白かった。
 
 
あらすじ
プロ棋士になる夢に破れた瀬尾は、毎日公園に一人でいる金髪碧眼の少女サラに出会う。言葉のやりとりが不自由な彼女に対し、瀬尾は将棋を教え込む。すると、彼女は盤上に映る”景色”を見る能力を開花させ—。
将棋に新たな風を送るサラ、将棋に人生を捧げてきたスター・塔子、数多の輝く才能を持つ七海の三人を巡り、激しくも豊かな勝負の世界を描く青春長編。

 

 

人間みたいな神様...【書評】いちばんわかりやすい北欧神話 (杉原梨江子)

概要

古代の北ヨーロッパ・ゲルマン世界で育まれた神々の物語は、

アイスランドで『エッダ』『サガ』として豊かに保存され、

欧州各地の数々の文学作品の礎となった。

 

北欧神話と僕 

ロードオブザリングが一番有名だろうか。

北欧神話は数々の映画やゲーム、小説などの原点となっているので、常々、きちんと読んでみたいと思っていた。

 

北欧神話については以前に小難しい内容の本を買って読んでみたのだが、

僕の理解力ではいささか小難し過ぎたので数ページだけ読んだ後に寝かせてしまっていた。

 

そんな折にたまたま書店で見かけたのが本書。

題名通り「いちばんわかりやすい」と銘打っていたので、

れなら読解力の乏しい僕でもなんとか分かるだろうと思って手に取った次第である。

 

感想

非常に分かり易かった。

記憶力の乏しい僕のために同じエピソードを何度も織り交ぜて

全体を俯瞰して説明してくれたおかげで、

北欧神話の概要をなんとなくつかめたような気がする。

 

ご丁寧に神々の関係図まで挿れてくれているので、本当に分かり易い。

たまに散見される著者の意見が根拠に基づいた学術的主張なのか、

単なる主観なのか分かり兼ねる部分があったが、入門としての北欧神話や、

触りだけを学ぶのであればおすすめだ。

 

日頃慣れ親しんでいる曜日のいくつかは神々の名前から取られた名称とのこと。火曜日【Tuesday】は戦いの神テュールの日、水曜日【Wenessday】は主神オーディンの日、木曜日【Thursday】は雷神トールの日、金曜日【Friday】は愛と豊穣の女神フレイヤの日。

 

 

神話の中でのみ躍動する、遠い存在のはずの神々が、

こうして僕らの日常に根付いている事を思うと、実に神秘的な気分になる。

とたんにファンタジーが現実世界に紛れ込んできたような、

初めてプレイする大作RPGの画面に見入っている瞬間のような昂揚感が沸き起こる。

 

神々について

神と呼ばれ、崇拝や畏怖の対象となっているものの、

彼/彼女らの性格や行動は欲望に忠実で、いたって人間的である。

寝ている人の髪の毛をばっさりと切り落とすイタズラを仕掛けたり、

欲しいもののために好きでもない男と寝る事を厭わなかったり。

自分に忠実で、気持ちのいいほど本能のままに生きている。

 

神話ならではなのかもしれないが、

所々矛盾点があり、理解に苦しむ関係図もあった。

 

例えば、巨人とアース神族は仲が悪いのに、

巨人のロキはアース神族の主神オーディンと多くの行動をともにしている(ように見える)。

こういったものは神話を勉強して、

深堀を続けて行けばいずれきちんとした説明にたどり着くのかもしれない。

 

まとめ

北欧神話は最終戦争であるラグナロクへ向かって進んで行く。

神々と巨人との生死をかけた壮絶な戦いにより、

主要な神々はすべて滅んでしまう運命にあるのだ。

しかも神々はさまざまな前兆的な出来事や予言により、

自分たちの未来に死が訪れる事を知っている。

 

回避しようとしても抗えない運命がそこにはある。

悲劇的未来を受容する生き方が「滅びの美学」を貫く神話といわれる所以なのだろう。

 

アイスランドには、魔術として北欧神話の中で使われていた

ルーン文字」の一部が今も実際に使われているという。

 

魔術、神々、ラグナロク。滅びの運命にある物語には、

どこか刹那的な生き方を感じる。

北欧の人々は自然の厳しさとの戦いを、

神話に置き換えて今日まで残してきたのかもしれない。

 


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【書評】バイバイ、ブラックバード (伊坂幸太郎)

あらすじ

星野一彦の最後の願いは何者かに<あのバス>で連れていかれる前に、
五人の恋人たちに別れを告げること。
そんな彼の見張り役は「常識」「愛想」「悩み」「色気」「上品」ー
これらの単語を黒く塗り潰したマイ辞書を持つ粗暴な大女、繭美。
なんとも不思議な数週間を描く、おかしみに彩られた「グッド・バイ」ストーリー。
  
本書は「ゆうびん小説」という珍しい方法で発表された作品とのこと。
毎回抽選で選ばれた五十名の読者に、一話が書き上がり次第レター形式で
印刷された作品が郵便で送られるという、本邦初の試みだったらしい。
 
また、本作は太宰治の未完にして絶筆となった「グッド・バイ」へのオマージュ作品でもある。
「グッド・バイ」の基本設定である「何人もの女性と同時に付き合っていた男が、
その関係を清算するために、全く恋愛関係になかった女性の協力を得て、
一人ひとりを訪ねて歩く」というところはそのまま踏襲されている。

 

感想

僕は伊坂幸太郎の大ファンで、彼の著作はほとんどと言っていいほど
読んでいるのだが、本書はこれまでの作品と違う趣が楽しめた。
5股をかけた主人公(星野)が<あのバス>に連れ去られる前に
5人の女性に別れを告げてまわるストーリーを、1話完結型で
5回に分けて描いているのだが、これが、回を追うごとにどんどん面白くなっていくのだ。

巻末のインタビューで著者は自身の作品の面白さを、こう分析していた。

伊坂作品の、ちょっと変わったキャラクターがいてそれに振り回される人がいて、登場人物達のやりとりが楽しくて、いろんなところに張ってある伏線が少しずつ繋がっていき、要所要所で「ああ、そうなんだ」とはっとする感じ。

自身の作品をこれほどまでに客観的に見れているなんて!
世間が求める伊坂幸太郎作品を的確に知りつつ、
それを書くことに楽しみを覚える。まさに生粋の作家なのだな、と感心してしまった。

そして、その伊坂イズムというべき面白さは
本書にもいかんなく発揮されている。


繭美の破壊的なキャラクター(マツコデラックスを想像された人も多いのでは?)

は主人公の星野くんを振り回すし、
かと思えば純粋すぎるほどに素直な主人公の星野くんは様々な女性を(意図せず)振り回している。
星野くん(君付けで読んでしまいたくなるようなキャラなのだ)の人柄も、
回を追うごとにどんどん魅力的に映ってくる。
その素直さゆえに、ついつい5股の関係に陥ってしまったことも、致し方ないように思えてくる。
 
 
まとめ
これまでの著者の作品にはそれぞれ、分かりやすいテーマがあった。
しかし、この作品はどうだろう。上記の伊坂イズムは随所に見られつつも、
本質的なテーマがなかなか見当たらない。
けれど、存在しないわけではない。見つけにくいだけなのだ。

もしかしたら、ラストから、読者一人一人の物語が始まることが、テーマなのかもしれない。
この小説が(ゆうびん小説とあるとおり)文字通り読者への手紙なのだとしたら、
この小説を発端に、読者ひとりひとりの何らかの物語が始まっていく。
例えば、繭美が主人公を助け出す、という物語が読者ひとりひとりにあってもいい。
 
 
刺さった一文 

「別れたくないからね。別れても、別れないんだから」

石原さとみに言われたい!!

 
 


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暴力の正体とは?【書評】限りなく透明に近いブルー(村上龍)

概要(あらすじ)

 

米軍基地の町・福生のハウスには、
音楽に彩られながらドラッグとセックスと嬌声が満ちている。
そんな退廃の日比の向こうには、空虚さを超えた希望がきらめくー。
 

感想

福生のハウスとは、福生市にある米空軍横田基地周辺にあった(元)米軍住宅だという。
戦後、ハウスは安く借りられる広々とした一軒家として芸術思考の若者を惹き付けた。
治外法権時代に開かれていた乱交パーティーの文化はそのまま残ったと言われる。
 
そんな環境に羨ましさを覚え、
本書の至る所で展開される卑猥な行為に興奮を覚え、
読み終えた後に全身を凌辱されたような感覚を覚えた。
みぞおちに肘を打ち込まれたように、体中がぐったりとするのだ。
 
何故だろう。
ひとつに、この作品が暴力を延々と描いていることがあると思う。
 
”衝撃”とはこの、村上龍のデビュー作の慣用句として多々用いられるが、
僕は”乱暴”という印象を受けた。
 
雑という意味ではなく、暴力的に乱れているのだ。
 
私刑や恋人への暴行シーンはもちろん、
目の前で起こる暴力を淡々と眺めるだけの主人公リュウの態度そのものも、ある種の暴力にうつる。
セックスの描写ですら、痛々しいと感じてしまう。
著者が描くセックスとは暴力なのだと思った。
 

暴力の正体

なによりも暴力的なのは著者の語り口だ。
彼のエッセイや69にしても、その訴えかける語り口はひ弱な僕にとっては一種の暴力だ。
 
そしてこの語り口こそが、読後の疲労感の主な原因なのかもしれない。
兎にも角にも、文章が読み手と共鳴してしまうのだ。
自分が物語に乗り移ったかのように、あるいは物語が自分に乗り移ったかのように、
ひしひしと登場人物の痛みを感じてしまう。
 
暴力と共鳴。
 
ただ、思うに、もっとも暴力を被っているのは著者自身なのかもしれない。
主人公リュウがドラッグを摂取した際に見せる錯乱した様子の描写は、
自身がラリった経験がないと描けるものではないと思う。
そういった意味に加えて、前例のない文体や退廃する生活への憑依など、
この本は著者が命を削って書いた小説なのではないか。 

刺さった一文

ラストのシーンに、印象的な一文があった。
 
 
これまでずっと、いつだって、僕はこの白っぽい起伏に包まれていたのだ。
中略
そして自分でこのなだらかな白い起伏を映してみたと思った。
僕自身に映った優しい起伏を他の人々にも見せたいと思った。
 

 

これこそが、著者が、あるいは著者に限らない大半の作家が
小説を書いている理由だと思った。
 
綺麗だと思った景色を、そのまま誰かに見せるだけでは満足できない。
自分の中に映った、自分のフィルターを通した景色を人に見せたいから小説を書いているのではないだろうか。
 
 
なお、本書の当初の題名は「クリトリスにバターを」であったが、露骨な性表現のため改題したとのこと。
 
 


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【書評】透明ポーラーベア 伊坂幸太郎

繋がってるね、とは、mixiの昔のCMの印象的なセリフで、

数年後にLINEが同じ趣向のCMを打ったけれどもオレンジのそれほどには印象に残らなかった。
あくまで個人的な印象に過ぎないが。
 
1対1のメッセージで繋がることより、1対Nで繋がることの難しさを人々は認識している。
それぞれに都合があり、タイミングがあり、気分がある。
そんな勝手で複雑な関係が何かに導かれるように一同に介した時、その稀有さに「繋がっている」と強く意識するのかもしれない。
 
 

感想

本書も、見えない何かに導かれるように主人公の優樹と姉に関係する面々が同じに日に、同じ場所に集う。
主人公は繋がっていたことを実感し、そして繋がっていることに安堵する。
僕はそのつながりを「今」という表面的なものではなく、
過去にも未来にも物差しを向けられる、奥行きのあるもののように感じた。
 
伊坂幸太郎作品の素晴らしさにユーモラスな会話とキャラクターの魅力があるが、
作中に一度も現れない(主人公の)姉にこれでもかというくらい、引き込まれた。
本書は「I LOVE YOU」という男性作家による恋愛オムニバス単行本に収録された短編なのだが、
短編にも関わらず至る所にしっかりと伏線が張られている。
 
今回の作品では登場人物の表情や目線の動きの描写で
何かを伝えようとしていた点が、これまでの作品と比べて新鮮だった。
主人公の姉の元カレの富樫さんがまっすぐに猛獣園の看板を見ていたり、
初めて芽衣子さん(富樫さんの彼女)と富樫さんが目を合わせたり。
それらの行動のひとつひとつに、二人の動物園訪問の意味が隠されていたことに後々気付くことになる。
 
「私たち、シロクマに会いに来たの。」
主人公と千穂(主人公の彼女)と遭遇した際の、芽衣子さんのセリフの意味は最初はわからなかったけど、読み終えたあとに理解できた。
2人はお姉さんに挨拶しにきたのだ。だからこそ、結婚に迷っている。
 
 

まとめ

富樫さんと芽衣子さんの外見描写はきちんとなされているのに、
優樹(主人公)と千穂(主人公の彼女)の描写がないのは、
繋がってるというキーワードから、読者に主人公たちの内面にフォーカスさせるために、
あえて外見のイメージをつけなかったのでは、と勘ぐってしまう。
千穂の人間性は会話の節々から十分に伝わってきて、外見を描く必要がないくらい魅力的だ。
 
作中ではいくつかのキーワードが登場する。
繋がってる、答え、成田山ホッキョクグマ、姉、宇宙人。
これらのキーワードが絡み合って、繋がってるという結論にたどり着く。
 
その淡々とした過程が美しかった。
 
 

刺さった一文

終盤の一節に酷く心を掴まれた文章がある。
 
その演奏が映画のクライマックスさながらに響いて、周囲を全部包み込んだ。そのせいか、花束を渡した冨樫さんと、花束をもらった芽衣子さんが無言で身体を寄せ合う光景が、とても美しい場面に見え、僕は思わず息を飲む。
 
軽やかな文体で織りなす作品の終盤に、それまでの伏線をミルフィーユのように重ねて、
畳み掛けるように五感全てを使って想起させる花火のシーンは、
その情景を切り取って額縁に飾りたいくらいに絵画的要素の濃い場面だった。
 
軽い気持ちで手に取った短編にここまで心を動かされるとは思っておらず、
ついつい続けて読み返してしまった。
 
 

あらすじ

シロクマは姉が好きだった動物だ。3年前、カナダで行方不明になった姉が。僕は偶然、動物園で姉の最後の恋人に出会った。「姉の彼氏」群の中では一番好感を抱いていた人だ。僕たちはなんとなく流れでダブルデ-トすることになるが…。話題の恋愛アンソロジー『I LOVE YOU』収録の珠玉短編、伊坂幸太郎が紡ぎ出す人と人との繋がりの奇跡。
 

 


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