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読書感想文/マーケティング/エッセイなど。基本的にフィクションです。

Happy Wedding Onigiri

「俺が握ったおにぎり、食べられる?」
突然の質問だった。
土曜の昼下がり、幼馴染のタケの結婚披露宴。旧友たちが囲む円卓を突き破る、竜太の突飛な質問。
「どうしたの、急に?」
高砂に座る新郎のタケと新婦を横目に、軽やかに談笑していただけに、あまりに唐突な問いに対して、僕たちはただただ、聞き返すのがやっとだった。
「俺、ムリなんだよね。おばさんとかが素手で握ったおにぎり、食べられないんだよ。お母さんでもムリ」と、竜太。
色々と聞きたいことはあった。誰であってもダメなのか、コンビニのおにぎりは大丈夫なのか、なぜこのタイミングで聞くのか。
「えっと、誰が握っても、ダメなの?」
「ダメ。特に、おばさん」
「うん…コンビニのおにぎりは大丈夫なの?」
「コンビニのは、多分、機械で作られているじゃん?だから、大丈夫」
「寿司は、大丈夫なの?」
「寿司は大丈夫」
「なぜ?」
「職人が握っているから」
「そうか…なんで、急に質問したの?」
「テレビで、最近おにぎり食べられない若者が増えているって。急に思い出したんだよね」
そこで竜太は身を乗り出し、
「俺が握ったおにぎり、食べられる?」と、精強な瞳を輝かせ、再び訪ねた。
エキセントリックな性格は、昔と変わらなかった。

 

竜太と初めて会ったのは、確か大学1年生の時だったと思う。タケと僕の二人で近所の神社へ初詣に行くと、ニット帽を深く被った竜太がいた。凍えるような新年の夜空の下、僕たちは焚き火のそばで喋った。
そのころの竜太は高卒で入社した会社を辞めて、ニートになっていた。にも関わらず、年上の彼女を略奪愛の末、高収入の年上の男から奪い、毎日のようにヤっているという話を吹き散らしていた。刺激や性の経験に乏しかったタケと僕は、見知らぬ世界のおとぎ話のように、目を輝かせて彼の話に耳を傾けていたことを覚えている。

 

その竜太が、素手で直に握られたおにぎりを食べられないという。

 

「なんか竜太の話を聞いてたら、俺もおにぎりダメなように思えてきた」と、円卓に座る坂上が言った。その坂上を、「お前はすぐに感化されるな」と、隣に座る北斗が茶化す。
北斗は今も昔も、相変わらずSっ気を発揮している。

 

小学校の夏休みに、北斗、タケ、僕の3人で大きな屋外プールに行ったことがある。北斗の家族に付き添ってもらったと思う。プールの中、北斗は内気でシャイなタケを玩具のように、もて遊んでいた。水中でタケを踏み台にして、大きくジャンプ。する方もされる方も、大きく笑っていた。
照りつける太陽の下、三人並んで、濡れた体を伝う水滴を眺めた。「暑いから、すぐに乾くな」なんて、子供のはしゃぎ声が飛び交うプールサイドで、大人びたことを言っていたことを覚えている。

 

内気でシャイな新郎のタケから、信じられないくらいクサくておシャレなサプライズメッセージが新婦にプレゼントされた。
「さっきはドレスの裾を踏んだ、踏んでいないで喧嘩したけど」これからも二人で、なんて言葉に頬が緩む。あの内気でシャイなタケが、女の子と喧嘩をするんだ。奥さんの頬を伝う涙は、すぐには乾かなかった。


乾杯の挨拶の失敗を、いつまで経っても気にする、かーくん。いや、全然、失敗はしていないのだけど。本人の中で、どこか納得がいかなかったらしい。
高校生の時に、かーくんとタケと僕と他数人で愛知万博に行った。朝早く出発し、4月の青空の下、自転車を走らせた。
花粉症の僕は鼻を噛んでばかりいて、そんな僕を、実は少し意地悪なタケは笑った。
結婚披露宴の日、僕は風邪気味だった。鼻水がひっきりなしに垂れてきて、ティッシュを手放せない。そんな僕を、実は少し意地悪なタケは、また笑っていたのかもしれない。

 

タケの弟の洋平が、ものすごく男前になっていて、びっくりした。
最後に会ったのは彼が中学生のときだから、当たり前だけど、大人になったんだなぁと、感慨に耽る。

 

僕らが小学生のときに、洋平は頭に火傷を負った。
近所の駐車場で、みんなで花火を楽しんでいたときだ。火薬のような匂いが辺りに漂う真夏の夜。線香花火を手に持ったタケは、意図的にそれを、洋平の頭上に掲げた。線香花火の火の玉は、重力に忠実に従い、洋平の頭に落ちた。
叫び声があがるまで、数秒のタイムラグがあった。恐らく髪の毛を焼き尽くして、地肌に到達するまで時間がかかったのだろう。5秒間の空白と、弟の悶える姿がどうにもおかしかったのか、タケはひゃははと、腹が千切れんばかりに笑い転げた。
内気でシャイなタケが見せた、初めての暴力的な一面だった。
洋平の頭に出来た小さな丸いハゲは、治ったのだろうか。

 

家が近かったので、タケの家には頻繁に遊びに行った。
「パグ」と安易に名付けられたパグ犬が待つ玄関を抜け、お母さんやおばあちゃんに挨拶をしたら、大抵2階のタケの部屋で漫画を読むか、1階のリビングでパワプロをする程度だったけど。あのおばあちゃんも、もう、89歳なのか。お色直しのために退出する新郎のタケを、おばあちゃんがエスコートしていた。

 

僕がアメリカに行ってからも、帰国や帰省をするたびに、タケは会ってくれた。彼に初めての彼女ができたと聞いたのは、確か大学生のときだったと思う。名古屋駅地下の商店街で、写真を見せてくれとせがんだことを覚えている。
高砂に目をやると、そのときの彼女が今、タケの隣に座っている。

 

「体が弱く、内気な息子は、入学してもやっていけるのか。小学校入学の前夜、夫婦で不安げに話していたのを覚えています」最後に、お父さんの挨拶。
そんなタケと、僕たちは幼稚園のころからつるんできた。
タケ、結婚おめでとう。