同窓会の後の話
やれやれ、僕は一日中パソコンと向き合っているのだが、
未だかつてなっとくのゆく文章と巡り会ったことがない。
「ねえ、一体いつまでブログの更新をさぼるわけ?」
起き抜けに斉藤さんの声が頭の中で鳴った。
そうだ、いい加減そろそろ、ブログを再開しなければいけない。
斉藤さんはドラマの観月ありさのようにしつこく、僕をしかってくれる僕の中だけに生きる存在だ。
そんなわけで、年末の振り返りでもしようと思う。
振り返り。それ以上でもないし、それ以下でもない。
******************
12月29日は寒かった。年末とは、そういうものだ。
数人の同窓会参加者と大阪駅御堂筋口で待ち合わせのうえ、お店に向かった。
わずか数年ぶりの再会とあってはどこが変わったかを見抜く方が困難だった。
会の終了後、僕はM君一派とともにM君の実家に向かった。
高校の同級生であるM君の家に泊めてもらう約束をしていた。
「めっちゃ寒ない?」
大きなスーツケースをガラガラと引きながらI君は僕とM君に言った。
3人で並んで歩く、京都の住宅街。
「I君のスーツケース、うるさすぎひん?」
M君はI君の質問を無視して、別の質問を投げかけた。
たしかにI君のスーツケースのガラガラ音は、
シャコタン車から漏れるヒップホップのような騒音を辺りにばらまいていた。
道なりに建つ民家に石を投げつけるような、固い音だった。
「うん、タイヤのゴムが取れちゃってん」
と、I君はスーツケースを犬のように愛でながら言った。
M君もスーツケースを引いていたが、I君ほどにはうるさい音を立てていなかった。
「謝って」
M君は冷たく言い放った。
「え、ごめん」
I君はスーツケースを我が子のように庇った。
二人とも職場は京都から遠く離れた場所にある。
「まだ着かないの?」
耐えきれず、僕は不満を漏らした。一駅分は歩いたはずだ。
東京に住んでいると、田舎の広さを億劫に感じる。
他愛もない会話も角を曲がる頃には愛おしくなり、
M君の家に到着したときには、次はいつ、こうして3人で集まれるのだろうかと寂しくなった。
「じゃあ、また。よいお年を」
とI君は僕とM君とは別の道を歩み、暗がりに消えていった。
「あっ」
M君は慌てていた。玄関のドアをあけようとしていたところだった。
「カギかかってるやん」舌打ちをするM君。時刻は深夜2時。
「そりゃ、こんな時間だからカギもかけるだろうよ」
「違うねん、俺、カギ持ってへんからあけといてって言ってあんねん」
「でも、カギはかかっている。それは事実として受け入れないと」
事実はそれ以上でもそれ以下でもない。
「やかましいわ」
M君はイライラしていた。何回チャイムを押しても誰も反応しないからだ。
電話もつながらない。
年の瀬。寒空の下、僕らは巨大な闇の中にぽつり、取り残される格好になった。
聳えるように並び建つ周りの住宅は、乾いたナプキンのように冷たい視線を投げかけていた。
「やばい」
僕は雪山で遭難したスノーボーダーを想った。
コース外を滑走し、行方不明となった2日後に救出されたスノーボーダー。
彼らは暗闇の極寒の中、何を思い、何を考え、何を信じて生き長らえたのだろうか。
バックカントリーなんて滑らなければよかった?
僕らの行動には全て、自らの責任が伴う。それが自由というものだ。
「I君に電話しよう」
I君の家は数ブロック離れた場所にある。I君の家に泊まればいい。
「ファック、つながらない」
「風呂に入ってるんちゃう?」と、M君。
「とりあえず行ってみよう」
I君の家は真っ暗だった。窓から光が洩れてこない。
「やばい」
出川哲朗もびっくりだ。
「あれ、あそこの小さい窓、お風呂場ちゃうん?」
M君が指差した先、玄関の隣の小窓にだけ、木漏れ日のような灯りがついていた。
I君は相変わらず電話に出ない。LINEも既読にならない。
「I君、お風呂場に入ってるんちゃうん?」
M君は門を勝手に開き、玄関脇の小道にずかずかと入り、
置物の植木鉢を壊し、網戸を壊し、もとい、取り外し、
小窓に腕を伸ばしてコンコンと叩いた。
誰も出てこない。
僕は内心ビクビクしていた。お風呂に入っているのがI君でなかったらどうしよう。
I君には2人のお姉さんがいる。もしお姉さんが出てきたらーー
「違うんです、これは、違うんです。覗きじゃないです」
I君であってほしいような、あってほしくないような。
心のどこかでお姉さんが出てくることを期待していたのかもしれない。
再三に渡る小窓ノックの末、ようやく窓が開かれた。
I君は特に驚きもせず、「ちょっと待ってや」と残し、
裸のまま玄関のドアを開けてくれた。
水滴だらけの裸体に寒気が襲いかかる。I君は寒さに声を震わせながら、
「泊まっていき」と迎え入れてくれた。
僕らはI君の優しさに甘えることにした。
I君は優しい。
わざわざ朝ご飯を用意してもらったにも関わらず、
「お茶がない」「卵焼きの味がない」「時間がない」と文句ばかり言う
その優しさゆえ、小学校のときに1人の女の子から熱烈なラブアタックを受けていたI君。
毎日下駄箱を開けるとオムツが入っていたとかいなかったとかの話もあるのだけれど、
長くなったのでこの辺で。
【短編小説】目に見えない⑥(完)
部屋に帰ると、リサがいた。そして、マユコもいた。珍しい来客に驚いていると、リサがにやついた顔で近づいてきた。部屋の入口に立つ僕の真正面に立ち、首に腕をまわしてくる。
「へぇ、浜野くん、そんな風に思っていたんだ?」
鼻と鼻が触れるほどに顔を近づけるリサの言葉の意味が解らず、僕は呆然と立ち尽くす。キスでもされるのだろうか?マユコが見ているじゃないか、とハラハラする。
「マユコと私と、4Pしたかったんだ?」意味がわからなかったが、逡巡し、先ほどの小澤との会話を思い出す。『そりゃ、できることならしたかったよ』
「なぜそれを?」驚きを隠せなかった。なぜ、そのことを知っているのだ?
リサは相変わらず腕を絡めたまま、挑発的な笑みを浮かべていた。
「浜野くんが私に盗聴器をしかけたこと、頭にきちゃってさ。仕返しに、私も浜野くんに、盗聴器をしかけたの」そういって、リサは僕のシャツの胸ポケットに指を突っ込み、小さな、銀色の筒状の盗聴器と思われる物体を取り出した。全く、気がつかなかった。
「今日、小澤くんと会っていたでしょ?私のこと、相談しちゃって。可愛いなぁ、って思ったの。盗聴器をしかけられたことはありえなかったけど、そこまで私のことを考えてくれているんだと思って、キュンときちゃった。だからね、ご褒美をあげようと思ったの。私、優しいでしょ?」
「ご褒美?」盗聴器を仕掛けられていたことへの驚きが冷めないなか、リサの意味不明な発言は、僕をさらに当惑させた。
「そう、ご褒美。だから、マユコを呼んだの。したいんでしょ、4P。あ、でも私、小澤くんのこと好きじゃないから、さすがに4人で、っていうのはできないけど。お返しの3Pならできるよ。ほら、混合ダブルスだよ」
「ダブルスは、3人じゃできない」
リサは僕の反論を無視して、腕を引っ張ってベッドへと招き入れた。マユコは苦笑いをしている。きっと、リサに無理矢理付き合わされたのだろう。えーそんなつもりじゃなかったぁ、はずだ。
音声でリサの浮気が発覚して、小澤は見えなければフェラ直後のキスは許されると主張し、都市伝説のアスパラおじさんの姿ははっきりと見えず、花火の煌めきも見ることができなかった。
―俺はこう見えても、目隠しをされるのが好きなんだよ―
僕は珍しく、というよりも初めて、自分の意見をリサに主張した。
「いいけど、せめて、目隠しさせてくれ」
リサは何も言わず、手を握ってくれた。
完
【短編小説】目に見えない⑤
「どうしたら良いと思う?」
下北沢のファミレスのボックス席で、僕は小澤に尋ねた。
「なにを?」
「だから、リサの浮気に対して、僕はどうすればいいのかな」
「どうもこうも、許してもらったんだから、もう良いんじゃねーのか?」小澤は面倒くさそうに言った。
何かが違う気がする。確かに僕はリサの機嫌を損ねて、そして、許してもらった。しかし、それは単にリサの浮気を問いつめただけであって、怒られる筋合いなどなかったのだ。僕の価値観が間違っているのだろうか?浮気はたいした問題ではなく、盗聴器をしかけるほうが倫理的に問題なのだろうか?
「やっぱり、盗聴器をしかけたのは、まずかったかな?」
「さすがに、盗聴器は、ないな」
いよいよ、自分の価値観に自信が持てなくなってきた。僕が全面的に悪いのだろうか?
「しかし、3Pかぁ」小澤は楽しそうに、口元を緩めた。こいつに相談したことが、そもそも間違っているのかもしれない。
「本当はさ」小澤は身を乗り出して言った。
「去年、おまえの彼女とマユコと4人で飲んでいた日、4Pをしようとマユコに提案したんだ」
リサと初めて会った夏の日、小澤がマユコに耳打ちしていた姿を思い返した。あれは、ホテルへの誘いではなく、4Pの誘いだったのか。それはマユコも、そんなつもりじゃなかった、と言いたくなるだろう。やりたかったなぁ4P、と、小澤が大声で嘆いた。隣のテーブル席に座る女性がこちらを見た。彼女の向かいに座る男性2人は少し気まずそうにしていた。
「そんなことじゃなくてさ」リサの浮気のことを相談したいのだ。
「そんなことって。浜野、4Pしたくなかったのかよ?」
「そりゃ、できることならしたかったよ」
「やっぱりしたいんじゃねーか」小澤はかっかっと笑った。下品な破裂音が店内にこだまする。
「盗聴器は、そんなにまずいかな?」
「まずいに決まっているだろ。お前、なんでビデオカメラで撮らなかったんだよ?」
「はぁ?」
「音声しかないなんて、まずいだろ。つまらなすぎる。浜野、音しか聞こえない花火大会とか、見たことあるか?」
「ないよ。音しか聞こえない花火大会だったら、そもそも見ようがないじゃないか」僕は力なく言い返す。
「だろ?それを分かっているのに、お前は盗聴器を仕掛けたんだ。問題は、そこなんだよ」
「小澤。問題は、そこじゃないよ」
僕はため息をついて、小澤に時間を割いてもらったことへのお礼を言い、勘定をテーブルの上に置いて店を出た。小澤に相談したことが間違いだった。
僕の価値観は、間違っているのだろうか。彼女の不貞を疑い、盗聴器をしかけた。そのことを彼女に、避難された。小澤には、ビデオを撮らなかったことを避難された。
夕暮れの下北沢は黄金色に染まっていた。心なしか、日の入りが早くなったような気がする。駅の北口、ピーコックの前をとぼとぼと、往来を避けながら、力なく歩いた。左手に、工事現場を隠すように、大きな白い壁がついたてのようにそびえていた。
リサは、僕のことをどう思っているのだろうか?初めて会ったあの日から、彼女の感情がどうにも読めない。興味がなさそうな素振りを見せたかと思えば、そっと手を握ってきてくれる。僕をぞんざいに扱っているかと思いきや、黙ってついてきてくれる。元来併せ持つジェットコースターのような感情の起伏に加え、男を惑わす天性の魔性が、彼女の気持ちをより一層、不可解なものにさせているのだ。気持ちが見えないことで、こんなにも不安になるなんて。
突如、背後から荒い息づかいが聞こえたかと思うと、僕のすぐ横を若い男が全速力で駆け抜けた。ひゅっ、と風が切れる音が聞こえたかと思うと、驚く間もなく、すぐにもう1人の男が続いた。先頭を走る男を追いかける形で、小さなおじさんが疾走していく。あまりに突然の出来事に、何が起こっているのか分からないまま、二人は消え去った。きちんと見ていなかったが、先頭の若い男は助けてと叫んでいるように聞こえた。小さなおじさんは、アスパラガスを手に持っていたような気がした。緑黄色野菜独特の匂いが、余韻とともに辺りに残った。「ねえ、いまのって」周囲がざわついた。
そのとき、どん、と大きな音が後方で鳴った。続けざまに、どん、どんと二、三発、腹の底に響く音が薄暮の空に轟く。僕は振り返り、空を見上げるが、工事現場の白い壁に遮られて、何も確認できなかった。
「花火だよね?」駅の北口にたむろする若者たちが、本来そこにあるべき、空に瞬くはずの煌めきを確認できないまま、壁の向こうの空を見上げて首を傾げていた。その間も、花火とおぼしき轟音はどん、どんと続いていた。
前方で小さな男の子が、嬌声をあげた。「はなびー!あがれー!はなびー!あがれー!」見えない花火にはしゃぐ小さな子供を、微笑ましく見守る子供の両親の、柔らかな笑みが印象的だった。
ふいに、リサの言葉を思い出した。「その男たちはアレよね、花火みたいなものよね。一瞬の煌めきで私を喜ばせてくれるの。でも、次の瞬間にはもういないわ。目に見えないの。次の瞬間には存在自体が、もうないのよ。だから浜野くんは何も心配いらないの」
そして、小澤の言葉を思い出した。
「本当に大切なものは、目に見えないって言うだろ」正確には、星の王子様の言葉だ。
僕は、まだリサの中に存在しているのだろうか。
【短編小説】目に見えない④
「で、浮気していた証拠とか、あるのかよ?」
小澤がストローの先端を噛みながら聞いてきた。グラスの中は空っぽで、アイスコーヒーの氷もなくなっていた。口の寂しさを持て余していた小澤はストローをしきりに噛んでいた。
下北沢にあるファミレスのボックス席で、僕はリサに浮気されたことを小澤に打ち明けた。「浮気」という単語に反応したのか、またもや隣のテーブル席に座る女性がこちらを振り向いた。軽く会釈してあげると、彼女は気まずそうに目を逸らした。
「証拠は、ある」
兆候はあったのだ。僕とリサが同棲している(正確には、リサが転がり込んできた)部屋に、茶色の短髪が落ちていたことがあった。僕の髪の毛は短いものの、人生で一度も染められたことはない。まさか、と思いながらも、その見知らぬ髪の毛について確かめる勇気も指摘する勇気もなく、何も言わずにそっとティッシュに包んで、ゴミ箱に捨てた。リサはベッドに寝転び、鼻歌を口ずさみながら雑誌をめくっていた。
見慣れない煙草の銘柄が灰皿に置かれていたこともあった。その吸い殻は、普段リサが吸う銘柄ではなかったし、女性には重すぎる類いのものだった。そもそも僕は煙草を吸わない。体質的にも合わない。しかし、リサは煙草を吸う。禁煙の難しさは理解できるが、嗜むにしても、部屋の中ではなく、せめてベランダで吸ってほしかったのだが、「私、煙草、吸うから」の一言で、僕の部屋と肺は毎日ニコチンで満たされることになった。僕は毎日、副流煙の持つ危険性と戦っている。愛すべきリサが吐き出す副流煙なら我慢できるが、どこの馬の骨かわからない男の煙を甘んじて肺の中に溜め込むことは耐えられなかった。そこで僕は、ある仕掛けをした。
「盗聴器を仕掛けたんだ」
僕が遠慮がちに言うと、小澤は噛んでいたストローを吹き出した。
「浜野、大胆なことをするな!」
「おかげで、証拠をつかむことができたよ」
「で、どうだったんだ?」
「3Pしていた」
小澤はまた噴き出した。
「3Pっていうのは、プレステの三人プレイではなく」
「3人が同時にセックスをする方の3Pだよ、残念ながら」
「マジかよ。男女構成は?」
僕は無言で、隣のテーブル席を指差した。男性2人と女性1人が軽やかに談笑していた。
「なるほど。それは、残念だ」
「うん、残念だ」
僕は昨日、つまり、小澤と下北沢のファミレスでしゃべっているこの瞬間から1日前、リサに問いただした。3Pをしていたのではないかと。リサが、僕ら二人の愛の素で、正確にはリサが転がり込んできた僕の部屋でそんな淫らな行為をしていたなんて、到底受け入れられなかった。
「3P?したよ」リサは体育座りの格好でテレビを見ていた。
ご飯?食べたよ。と言わんばかりに軽やかに、まるで空気を吸うかの如く当たり前のように応えられてしまったので、僕の方が面食らった。僕の聞き方が間違っていたのだろうか。そんなにさらっと流せる問題ではないはずだ。すると、リサは続けた。
「浜野くんさ、テニスするでしょ?」
「うん」
僕は高校時代、テニス部に所属していた。今でも、月に1度は会社の同志とテニスを楽しんでいる。
「4人いたら、ダブルスするでしょ?」
「うん」
「そんな感覚だよ」
一体どんな感覚だというのだ。大体、3人でダブルスはできない。
「ダブルスは、4人じゃないとできないよ」僕は首を傾いで反論した。
「ねえ、そこじゃないでしょ?」リサは苛立った様子で頬を膨らした。
僕が悪いのだろうか?イラっとされる筋合いはないはずだった。相手のペースにはまってはいけない。初めて合ったときも、強引に自分のペースに持ち込んだからこそ、今この関係があるのではないか。押されてはいけない。リサは不貞を働いて、僕はその証拠をつかんでいるのだ。
「ごめんなさい」僕は、とりあえず謝る。
「まあ、別にいいけどさ」リサは許してくれた。体育座りの格好のまま、リサは再びテレビへと顔を移した。
僕はソファに腰掛け、一言、「ありがとう」と言った。テレビの中では恰幅の良い中年男性が東北の街を練り歩き、美味しそうにご当地グルメを食べていた。このまま、会話が終わってしまいそうだった。
「でもさ」リサは体育座りのまま、首を捻ってこちらを向いた。「なんで、3Pしていたって、分かったの?」
その言葉には、悪事が見つかってしまったことへの罪悪感は微塵も感じられず、まるで手品の種がバレたマジシャンが「なんで分かったの?」と訪ねてくるような、好奇心に満ちた質問に近かった。あるいは、かくれんぼをしていて、居場所が見つかってしまった子供が、なんで見つかったの?と目を輝かせて聞いてくるような、純粋な好奇心に満ちていた。
僕は正直に打ち明けることにした。何故だか解らないが、リサには正直でありたかった。
「盗聴器を仕掛けていたんだ」
途端に、リサの表情が曇った。眉をひそめ、怪訝な面持ちで体育座りを解いた。
「ねえ、それ、おかしくない?」
リサは立ち上がり、僕の目の前で両手を腰にあてた。低いソファに腰掛けていた僕は、リサを見上げる形になる。
「盗聴器をしかけていたの?この部屋に?信じられないんだけど。すごく卑劣だし、下劣」とことん嫌気がさしたように、詰めよってくるリサ。僕は困惑した。彼氏の部屋で見知らぬ男2人と交わるのは、卑劣で下劣な行為ではないのか?僕は口をぱくぱくさせたまま、何も言えなかった。
「浜野くん、そういう趣味があったの?音声を聞いて、興奮していたの?そんな趣味があったなんて、聞いてないんだけど」
こっちこそ、君に複数の男と寝る趣味があったなんて、聞いていない。そして、愛すべき彼女が見知らぬ男に良いようにされている様子を聞いて興奮する趣向など持ち合わせていない。
「ごめん」僕には謝ることしかこの場を収める術を持ち合わせていなかった。
「意味わかんないんだけど」
リサは完全に機嫌を損ねたらしく、外方を向いてしまった。
「ごめん」追いかけるように、リサの肩に手を置く。
てっきり振りほどかれると思ったが、リサは僕の震える右手をそっと握り、背を向けたまま言った。
「そんな心配しないでよ。その男たちはアレよね、花火みたいなものよね。一瞬の煌めきで私を喜ばせてくれるの。でも、次の瞬間にはもういないわ。目に見えないの。次の瞬間には存在自体が、もうないのよ。だから浜野くんは何も心配いらないの。でしょ」
僕は窓の外に映える空を見た。雲ひとつない土曜日の空は青色で、部屋の雰囲気とは場違いなくらいに長閑だった。
僕が間違っているのだろうか。花火は、目に見える。
【短編小説】目に見えない③
◆3章◆
「小澤くん、強引だね」リサは呆気に取られたように言った。
「いつもあんな感じだよ」たまに、誘拐なんじゃないのかと思ってしまう。
「マユコ、ヤられちゃうのかな」
「たぶん、ホテルの部屋についたら、小澤は暖房を入れると思う」
「こんな暑い、夏の日に?」
「こっそり、暖房を入れるんだ。で、『なんか暑くね?脱いじゃおうぜ』って言って、自然に脱がせるんだ」
「それ、全然、自然じゃない」
「お決まりの手口なんだ」
「まるで見たことがあるみたいね」
「違うよ。よく、小澤が自慢げに言うんだ」
「浜野くんは、その自慢のおこぼれに預かることはないの?」
「え」突然、話題が僕に降ってきたので、驚いて何も言えなかった。
「まあ、ないよね。浜野くん、オクテだし」リサのその、からかうような、嘲笑うかのような言い方に、僕はむっとして、
「あるよ。何回か」と口を尖らせた。
「いいよ、無理して意地を張らなくたって」
「無理してない。それに、僕はオクテじゃない」
「ねえ、なにをムキになっているの?」
「ムキになってなんかいないよ。本当のことなんだ」
「ふーん」あっそ、とリサ。
「でも今日は、おこぼれに預かれなかったみたいね?」
「まだ、わかんないよ」
「あら」リサは興味が湧いたように含み笑いを見せた。
「どうやって私を誘うのかしら?」
僕は自分の太ももをつねった。柄にも無く強気な発言を繰り返し続けるには、痛みによって脳に興奮を与えておかないと、この勢いを保てないような気がしたのだ。すぐに口籠る癖を抑えるべく、また太ももを拳で殴る。どうすれば良い?どうやって誘えば良いのかなんて、分からない。なんて切り出せば良いのだろうか。逡巡するも、何も浮かばない。何も言葉が出てこない。とにかく何か言わなければ。
「今日は、一緒にいたい」まっすぐにリサを見て、精一杯、自分がこれまでの人生でおよそ言ったことの無い、言わないであろう言葉をあえて選択した。
「なによ、それ。つまんない」リサは気分を害したようで、ツンとした顔でローテーブルのグラスを取って飲んだ。僕への興味も氷と一緒に飲み込んでしまっているようで、僕は自身の相変わらずのふがいなさと情けなさに憤りを感じた。
なぜ、小澤のようにうまくいかないのだろう。自分でいうのもなんだが、小澤よりかは、僕の方がみてくれは良いはずだ。なぜ、僕だけいつも失敗して、小澤は成功するのだろう。
薄いグラスの縁に唇をつけたまま黙ってこちらを伺うリサのもの言わぬ目を見て、僕はなにかひらめくようなものを感じた。もう、小澤の真似をすればいいじゃないか。我儘に、強引に。嫌われたらどうしようとか、相手にどう思われるとか、自分を良くみせようとか、どうでもいい。僕は彼女のことが苦手で、実を言うと強烈に魅かれていた。静かに生える恐れや不安の芽に蓋をして、僕はリサの腕をつかんだ。
「ちょっと」突然、腕をつかまれたリサは驚いたが、強く抵抗しなかった。僕は一万円札をテーブルに叩き付け、カウンターの側に立ち尽くしていた店員にお釣りはいらないと告げ、リサを引っ張って店を出た。すぐにタクシーを捕まえて乗り込み、「円山町まで」と運転手に短く言い、以前に小澤に教えてもらったホテルへ入った。
その間、リサは何も言わず、抵抗もせず、握られた手をほどこうともしなかった。僕は左手を口に当てて、心臓が飛び出るのを堪えた。精一杯の強がりは、震える右手からリサに伝わってしまっていたのかもしれない。リサは、手をほどこうとしなかった。
部屋に入ると、電気を消すのも忘れて、僕は夢中でリサの唇にむしゃぶりついた。こんなにも昂ることができる人間だったのかと、自分に驚いた。体を絡めたままベッドに倒れ込み、覆い被さるように強く抱きしめて、首筋に音を立ててキスをした。唇の淫靡な破裂音がシンとした室内に響くと、僕はどうにも止まらなくなった。
乱暴に服を脱がせ、リサを生まれたままのあられもない姿にさせると、端正な顔つきとは対照的に、不完全な、崩れた体型があらわになった。豊満な乳房は張りが無く重力に忠実で、お腹には横線がいくつか走り、脇腹は赤ちゃんの頬っぺたのようにぽってりとしていた。
不意を突いて現れた、そのだらしない肢体に、僕はひどく興奮した。そのとき、僕は頭にミロのヴィーナスを思い描いていた。欠落の持つ魔性が、不完全さにみる美学と相まって、存在しうる至上のものとして僕を惹き付けてやまなかった。
「はずかしい」と、吐息に紛れた、くぐもった声を洩らしたときに、この女性には男性を昂らせる天性の美しさと淫逸さが秘められているに違いないと、直感したことを覚えている。
値の張りそうな銀色のネックレスが、汗ばんだ鎖骨の上で動きにあわせてゆらゆらと揺られていた。それは、目を閉じて恍惚とした表情を浮かべるリサの体を妖しく照らしているようだった。
続く
【短編小説】目に見えない②
◆2章◆
小澤は僕と同い年で、つまり25歳で、大学時代からの友人だ。この粗野で我侭で、強引な男とどこで馬が合ったかわからないが、大学を卒業して社会人3年目となった今でも、たまにこうして顔を合わせている。
僕は紙ナプキンで口元を抑えながら、小澤の顔をまじまじと眺めた。顔の輪郭は丸々とし、顎が二重に見えるほど、首周りに豊かな贅肉をたたえている。つぶらな瞳には冷たさが宿り、愛嬌とはほど遠い、泥川のような闇を携えていた。
お世辞にも整っているとはいえないその顔で、小澤はよくキャバクラに赴いた。彼の屈折した趣味のひとつに、キャバクラの従業員、つまりキャバ嬢を口説き落とすことがある。そして不思議でたまらないのだが、行く度に、かなりの確率で、キャバ嬢を口説き落とす事に成功しているのだ。
「女は結局、金と、強引さだよ」とは彼の口癖で、学生時代から親の金を使い込んでは、日夜、淫逸な遊興に勤しんでいた。そして僕も、稀に、本当に稀にだが、小澤のお遊びのおこぼれに預かる時があった。
リサと出会ったあの日も、小澤と二人で渋谷のキャバクラに行っていた。今日と同じように蒸し暑い、一年前の夏の日だった。小澤がいつもそうしているように、羽振りの良さをさんざんひけらかした後、僕らのテーブルについていた、マユコという化粧の派手な女性を誘った。マユコは快諾し、キャバクラ閉店後に、明け方近くまで開いている近くのお店で飲むことになった。
リサはその日、体験としてキャバクラで働いていた。たまたま、リサとマユコの仲が良かったため、たまたま、リサは僕たちについてきた。
「面白そうだったから」とリサは真顔で言っていた。彼女の、小澤を真っすぐに見据える屈託ない表情からは、ある思いが読み取れた。なぜ小澤のような男がこうも容易くキャバ嬢を、しかも自身の友人を、外に連れ出す事に成功したのか。目の前に現れた、解明すべき難題に、面白みを感じている様子だった。
小澤にしても、リサのような化粧の薄い清楚な女性は好みではなく、厚く化粧を塗りたくった、明るい髪色の女性に昂る傾向があったため、リサの好奇の目を特に気にする素振りも見せず、隣に座らせたマユコに熱心に語りかけていた。
僕ら4人はソファ席に向かい合う形で座っていた。黒い牛革のソファで、一点に体重をかけると、その箇所から山あいのようにこんもりとした凹凸が放射状に伸びていく。僕はすぐ隣に座るリサを頻繁に盗み見た。彼女はキャバ嬢と思えないほど控えめな化粧をしていたにも関わらず、きらびやかで多彩な女性が蠢めいていたキャバクラの中でも、その美しさはひときわ目立っていた。薄暗い店内の中、僕は温もりさえ感じる程の距離に座るリサをもう一度盗み見た。ノースリーブの肩にまで垂れた艶のある黒い髪、その間から、透き通るように白い首筋がのぞく。真ん中で分けられた前髪は、すーっと線が引かれたように伸びる二重まぶたの魅力を一層引き立てていて、その非人工的な曲線美に目を奪われそうになった。
視線をごまかすように向かいに座る小澤を見ると、彼はよっぽどマユコを気に入ったのか、こちらに話題を振る気配は微塵も見せず、鼻の下を伸ばしたままかっかっと笑っていた。
「浜野くんは、あの小澤って人と、仲良いの?」
リサが小指の爪をいじりながら聞いてきた。
「仲が良いとは思っていないけど、なんだかんだ一緒にいるね」僕もつられて、用もないのに小指の爪を親指で擦った。リサは顔も上げず、小指を見つめたまま、興味なさそうに、ふーん、と相槌を打った。
「小澤は、寂しいやつなんだよ」途切れそうになった会話の溝を咄嗟に埋めようと、深い考えも無しに僕は言った。
「ああ、それは、なんとなく分かる」
リサは小指をいじるのを止め、顔を上げて小澤をちらりと見ると、そのまま顔を横に向けて、隣に座る僕を見た。なんとも眠たげな顔をしていた。
「結局、金でしょ?」と呟くと、彼女ははぁっとため息をついて、ソファの背に勢い良くもたれかかった。「つまんない。リサ、半身浴したい」
僕は苦虫が口に湧いたような気分になり、応えに窮した。言いたいことを自分の好きなタイミングで言ってしまうような女性は苦手だった。全ての会話を自分のペースに持ち込んでしまう人への対応に、僕はいつも苦心していたのだ。なぜ急に半身浴がしたくなったのか、そして何故それをこの場で言ってしまうのか、理解できなかった。
「半身浴は、気持ち良いもんね」
僕は相手の機嫌を損なわないように、慎重に返事をした。
「リサちゃんは小澤がお金持ちってこと、知っていたの?」
「知らなかったけど、なんとなく分かっちゃった。さっきから自慢話しかしてないんだもん。そういう人って、自分が持っているもの、ひけらかすのよ。マユコも、なんであんなのが良いんだろうなぁ」
リサは、はたして小澤にどんな隠れた魅力があるのか解明したかったのだろう。それが、結局は単なるお金持ちということが分かり、途端に小澤への興味を失ったように見えた。
「まあ、お金も、大事なんだけどね」リサはぽつりと呟く。
「そうなんだ」
「浜野くんは、そういうの、興味なさそうだよね」
「そういうのって?」
「お金とか、女とか、ジャラジャラしたものとかギラギラしたもの」
「そうかな」
「オクテそう」
「僕だって」少しムッとなって、僕はリサをまじまじと見つめた。「セックスくらい、するよ」
リサは声をたてて笑い。
「そんなムキにならないでよ。童貞だなんて言ってないじゃん」と、僕の肩を叩いた。僕は恥ずかしくなって、何か話題を変えようと思い、リサの胸元に光るネックレスを見つけて、似合うねといった。
「似合うでしょ」と、リサは得意げに返した。
「うん、とっても。高かったんじゃない?」
「高いよ、たぶん。分かんない、買ってもらったから」
「誰に?」とたずねると、リサはぷっと噴き出した。
「浜野くん、そういうことは、普通、聞かないもんだよ」
「え、ごめん」
「いいんだけどさ。高かったんだぞ、ってくれた人が言っていたから、多分高いんだと思う。それに」リサは続けた
「それに、安かったら、私には似合わないから」
凛とした表情から、冗談で言っているわけではないことが伝わってきた。かといって、鼻にかけるようなおごりもない。僕はこの人を苦手だと思った。率直に、くぐもった嘘をつくことなく、本心をひけらかして来る彼女は自分と遠くかけ離れている存在だと思った。一方で、山の向こうの景色が気になるように、もうすこし彼女のことを知ってみたいとも思った。
小澤を見ると、ニヤニヤしながらマユコの耳元で何か囁いていた。大方、ホテルにでも誘っているのだろう。マユコは少しうんざりした様子で「えーそんなつもりじゃなかったぁ」と気だるい声を発した。すると小澤の形相が一変した。
「じゃあどういうつもりだったんだよ!」低い声で唸り、拳をローデーブルにどん、と叩き付けた。小澤の突然の豹変にマユコはたじろぎ、おののいた様子でいたが、「だって、あと1時間しかないし」と声を若干震わせながら弁解していた。僕は腕時計を見た。終電はとうに過ぎている時間で、何があと1時間なのか、よくわからなかった。
「1時間もあれば十分なんだよ」
小澤は立ち上がり、強引にマユコの腕をひっぱり、店から出て行ってしまった。何が1時間あれば十分なのかよく分からなかった。が、きっとそういうことなのだろう。
小澤とマユコがいなくなると、がらんとした空間に取り残されたような気分になった。他にも数名、客がいたのだが、とたんに静かになってしまったように思えた。僕とリサは顔を見合わせ、さて、これからどうしましょうかと言わんばかりに、無言のうちに語り合った。
【短編小説】目に見えない①
◆1章◆
「フェラをした直後にキスをせがんでくる女の神経が理解できない」
小澤はほとんど残っていないアイスコーヒーの底を、ストローでズーズー吸い上げながら言った。子鹿のようにつぶらな冷たい瞳で、こちらを上目遣いに見てくる。
僕は小澤の下衆な発言に呆れたが、考えてみれば、これまで小澤から下衆な発言しか聞いた事がなかったので、そのぶれない姿勢というか、一貫した下衆さには何故だか感心させられた。
下北沢の駅前、雑然としたファミレのボックス席に、僕と小澤は向き合って座っていた。隣のテーブル席には男女三人が軽やかに談笑している。男性二人と女性一人。その構成に、僕は吐き気を覚えた。先日の悪夢が蘇ってくるようだ。
「舐められているのは自分のものなんだから、別に構わないじゃないか」僕は声の大きさに気をつけながら言った。
「浜野、おまえ、女みたいなこと言うな。俺にはおまえのその発言が信じられないよ。自分のものだろうがなんだろうが、汚物を排出する器官を咥えたその口で、人さまの唇を吸おうなんて、デリカシーのかけらもないと思わないか?相手に対する思いやりとか、相手の立場に立って考える姿勢とか、ないのかね。理解できないよ」
そう言って小澤は、テーブルに備えてある紙ナプキンで脂肪を蓄えたお腹の汗を乱暴に拭き、くしゃくしゃに丸めて隣のテーブル席に座る女性の足下にぽいっと放った。
足下に転がってきた汚れた紙ナプキンに気付いた隣の女性は、眉をひそめて、露骨に小澤を睨んだ。
「その言葉をそっくりそのまま、小澤に返すよ」
僕は小澤に代わり、こちらを睨んでいる隣の席の女性に会釈をして謝意を表した。女性の向かいに座る男性二人は突然の僕の会釈に驚き、怪訝ではないものの、不思議そうな顔をしていた。
「浜野は女に対して優しすぎるんだよ。どうせ、フェラした口でキスを迫られても拒否できねーんだろ」
「そもそも拒否しない」
「うそつけ。自分の竿が目の前で咥えられているのを見ているんだぞ?間接的に自分の竿とキスするなんて、耐えられるか?」
「そんなに気にならないなぁ。小澤が気にし過ぎなだけだよ」
「うそつけよ。咥えられているのを目の前で見ているんだぞ?」
小澤の声が次第に熱を帯びてきた。また、隣の席の女性がこちらを見ている気配がしたが、今度は無視をした。
「咥えられているのを見なければいいのか?」僕は訊ねた。
「そうだな。見なければ、別にいい」
「えっ」
「目隠しをされている状態なら、別に気にしないな」
「なんだそれ」僕は呆れてつぶやいた。
「なんだそれって、なんだよ。俺はこう見えても、目隠しされるのが好きなんだよ」
「知らないよ。この上なく、どうでもいい」
「浜野、俺の性癖に興味ないのか?」
「あるわけないだろ、気持ち悪い。目隠しされていたらフェラの直後にキスをされても大丈夫なのかよ」
「そりゃあ、おまえ、見えてないんだから大丈夫だよ。フェラされているのが見えてないんだから、あんまり気にならないだろ?」
「よくわかららない」
僕はボックス席の背もたれに身を投げた。小澤はしょっちゅう、よく分からない屁理屈ばかり並べる。
「ほら、言うじゃねーか。本当に大切なものは、目に見えないって」
「いろいろと違う気がするし、星の王子様の名言を卑猥な引用に使わないでほしい」そう言ってから僕は、冗談半分で、「そんなことを言っていると、アスパラおじさんに追いかけられるぞ」とつけ足した。
小澤は思いのほか食いついてきた。
「なんだ、アスパラおじさんって」
「知らないの?アスパラガスを持って街中を全力で疾走する小さなおじさんだよ」
「知らねーよ」
「いま、話題なんだけどな。みさかい無く、人を追いかけるらしいんだ。すごくちっちゃいのに、とんでもなく足が速いから、一度追いかけられると、ほとんどの場合、捕まっちゃうんだって」
「本当かよ。捕まると、どうなるんだよ」
「速すぎて、誰も捕まったところを見ていないんだ」
「なんか怪しいな。どこで話題になっているんだよ」
「下北沢で話題らしいよ」
「らしいよってなんだよ」
「リサがそう言っていたんだ」
「いつ?」
「こまかいなぁ。僕がキスを拒んだときにリサが言っていたんだよ」浜野くんなんてアスパラおじさんに追いかけられちゃえ、と言われたことを思い出す。
「浜野がキスを拒んだのか?」
「うん」
「なぜ?」
「フェラをされた直後だったから」
「おまえも拒んでるじゃねーか」
小澤はかっかっと笑った。口を大きく開けて喉の奥から破裂音を響かせる笑い方をするから、本当に「かっかっ」と聞えるのだ。下品な笑い声を店内に響かせた後、小澤はコップに残っていた氷を一気に口へ放り込んだ。
「まあ、浜野は悪くねーよ。フェラした直後にキスを求める女がどうかしているだって。そんな女、アスパラおじさんのアスパラガスでもしゃぶらせておけばいいんだよ」
「おい、やめろよ」僕はぴしゃりと言いつつも、2本のアスパラガスを咥えるリサを想像して、再び吐き気を催した。
続く